エコメンインタビュー#01
更新日:2022年9月15日

トクするために「必要な情報」を得るための空気づくり---Mikioさん
2022-08
《目次》 ※本インタビューはECHO放送部の内容を一部書き起こしたものです
ECHOに入ったきっかけと意味

---ECHOにはいつ頃、入られたんでしたっけ。
Mikio:
実は最初の方から居るんですよ。
ラクーンエフェクトのマサキさんがLINEのオープンチャットでやられてる『AEチャット』。
あそこでサンゼさんをお見かけし、「オンラインコミュニティはじめるよ」ってことを知りまして、ベータ期間にとりあえず入りました。
---じゃあ本当に、いちばん初期からいらしたんですね。
Mikio:
実はそうだったんです。
ただ、当時なかなか忙しく自己紹介も書けずで……なんかウロウロしてたら2か月間のベータ版が終わってしまったんですよね。
そのタイミングで一旦は退会になったんですが、そのあとコロナで仕事が本格的に暇になってきたんで、改めて入り直したんです。
僕は今フリーランスでやっているんですが、もともと大きなポスプロとかにいたわけでもないので、同期とかがいないんですよ。
だから友達っていうか何か仲間があまりいなくて(笑)。
なので、仕事を通した立場とは別の部分で、何かお話ししたいっていう気持ちがありました。
それと、やはり一人だと手が回らず、お仕事を結構お断りする事が多くて…。
そうやって限界を感じていたので、何か一緒に仕事できる人もいたらいいなっていう2つの思いがありましたね。
サンゼ:
ちなみにちょっと軸ずれるけど、俺を見つけたきっかけは何だったんですか(笑)
Mikio:
見つけた経緯としては、当時、改めてTwitterをちゃんとやろうってアカウント作ったところで、AEチャットやサンゼさんを知った流れですね。
で、何かシンパシー感じたんですよ。やってる仕事とかも似てるし。
サンゼさんのチュートリアル見て「これすげえわかる」っていうのと、「僕の知らないことがここで知れる」っていうのがあって、この人絶対信用できるじゃんと思いました。
特にMochaのチュートリアルでお世話になってます。
サンゼ:
めっちゃ現場で使いますもんね。

Mikio:
MochaってAEの途中から追加されたので、僕よくわかってなかったんですよね。だからずっと力業でやってて。実際、Mocha使ってみたら「これは便利だ!」ってなって。
今や偉そうに「いや、それはMocha使った方がいいですよ」ってすぐ言っちゃいます(笑)。
サンゼ:
言葉でそう言ってもらえると嬉しいや本当に。
Mikio:
困ったときには「サンゼさんのチュートリアルやって、本を読んでくれ」って言えば大体のことが解決するんだから最高です。
バイブルですよあれ。
映像という分野に興味を持った原点について

Mikio:
僕は末っ子で、親がもう子育てに飽きてたんで、割と自由な時間の多い子供でした。
それで映画を見る時間が自然と多くて、よく映画を見ていたんです。
『ぼくらの七日間戦争』っていう映画が好きなんですけど、100回は見てます(笑)。
あとは、中学生の時、たまたま夜中にテレビをつけたら『ショーシャンクの空に』をやってたんですよ。
そのまま最後までみたんですけど、気が付いたら後ろで母親も見てて、二人で「すごい映画だったね」って感動したのを覚えてます。
そんな風に映画がますます好きになって、毎週土日はビデオを借りてきて、5本とか10本とか見ていました。
でも当時はまだゲーム好きだったんで、将来はプログラマーになろうと思ってたんですよね。高卒で働こうと思って、情報技術科のある工業高校へ進学したんです。
---どおりで、パソコンにもお強いわけですね。
Mikio:
その工業高校の授業のひとつに、パソコンを使って自由に好きなことやってみようっていうのがあって、それで、学校にあったカメラを使って何か映像でも作ってみるかと思ったんです。でも僕一人じゃ作れないので、友達とかに声をかけて出演してもらったりして。
それまで、友達と遊ぶことはあるけど、何かものを作るっていうことは特になかったんですけど、実際やってみたらみんなすごい一生懸命手伝ってくれるし、物凄く楽しくていい思い出ができたんですよね。
サンゼ:
どんな作品だったんですか?
Mikio:
当時ハマってた『GO』とか『青い春』とか『バッファロー'66』とか『少林サッカー』なんかを、全部融合させたものを作りました(笑)。
ハンディカムまわして、友達に『GO』のセリフ言わせて、喧嘩させて、仲直りしたらサッカーするっていうよくわからないものを作りましたね(笑)。
7人で作ったので、サッカーするには足りてない(笑)。何の志もなく、ただ楽しいっていう本能のままに作ってました。
その時に、映像楽しいなっていう気持ちが大きくなったんです。
フリーランスになった経緯

Mikio:
もともと東京で2年半働いてたんですよ。
僕と社長しかいない会社でオフラインエディターをやってました。
メインエディターを1年目からやらせてもらって、毎日とんでもない時間働いていたんですけど、なかなかお金も貯まらなくて……。ある日、何か違うんじゃ無いかと思って東京を離れ、地元の茨城へ転職して帰ったんです。
で、地元で新しい映像制作会社の立ち上げへということで入ったものの、できたばかりの会社で仕事がたくさんあるわけではないんですよ。
だから自分でも仕事取らなきゃと思って、前の会社でお付き合いのあった方々に年賀状とかを書いて。そしたら一つの会社だけ返事をくれたんですよね。
当時はAE使えるオフラインエディターって珍しかったんですけど、当時出たばかりのiPadアプリ向けのモーショングラフィック的なVコンなど、AEが重要になる映像の仕事で結構評価してもらえたんです。
それをきっかけに、定期的に東京へ出張してお仕事させてもらえることになり、茨城と東京の仕事を平行してやってました。
当時いた会社では、一人ひとりが売上を意識するよう言われていて、今月は誰がいくら売り上げたとかを毎月、計算して出していたんです。
最初は会社からもらう仕事でしか売上をたてられなかったんですけど、気が付いたら僕の仕事だけで会社から言われているノルマを達成できるようになったんです。
「これ全部、自分の携帯に掛かってきた仕事じゃん」って気づき、これなら一人でやっていけるんじゃないかと思って、周囲の勧めもあってフリーになりましたね。
サンゼ:
会社からは引き止められなかったんですか?

Mikio:
もちろんそれはありました。でもね、会社にはいたものの、東京にいる時間が増えたし、僕の業務は僕しかやっていなくて、一人でなんとかしなくちゃ、となっていたし、東京にいても茨城にいても周りとすれ違いが増えて行ってて…。
最終的には、会社のみんなと心が離れたことが一番大きいのかもしれないですね。
やっぱり、その会社に居るっていうのは、「仲間がいる」ってことが一番大きいと思うんで。
一緒に頑張る仲間がいないと思ってしまったら、やっぱやめようかなってなっちゃう感じがありますよね。
本当は僕も人が好きだから、人と一緒に働きたいとは思っているんですけどね。
サンゼ:
難しいっすよね。メンツにもよるし人数感のよさもあります。といいつつ、増えたら増えたで、会社っぽくなりすぎそう。
Mikio:
やっぱりね、お互いがお互いをちゃんと気にし合ってないと組織として健全じゃない感じがしますね。
最近はそういうのもいらないっていう人もいると思いますけどね。
サンゼ:
でもまあ1周回って、やはり人づきあいの部分に戻る気はしますね。
ECHOもそうですけど、結局オンラインでこうみんなで仲良くなったりはしてるけど、
実際に会うことで、やっぱより親身に感じるというかね。
Mikio:
結局、コミュニケーションの密度っていうのはやっぱり大事ですよね。
サンゼ:
表情や、仕草も含め、実際に会って喋ることで受け取ることっていっぱいありますもんね。
ガムシャラの意味

---会社としては2社ご経験されてるってことですね。
Mikio:
そうですね。ガムシャラでしたけど、出会いが良かったので続けてこられましたね。
でもね、マジで何も戦略とかなくてずっとやってきたことを最近反省してるんですよね。
足元しか見えてなくて、最近、やっとちょっと遠くが見えるようになってきたけど。
---ちょうど最近何かの対談で見たんですけど、25~35歳くらいって「何のために」を後回しにしてOKだという話で。とりあえず、時間をかけて取り組むことで身になる時期、という話があってなるほどと思いました。
Mikio:
なるほど。そういう意味でいうと、視野が狭いのも幸せだったのかもしれないですね。
何も考えられないから恵まれたこと追求するしかない。
---結局、先のこととか考えすぎて動けない人って今多いですからね。
サンゼ:
わかる。今って情報がいっぱいあるからね。
僕のときって、正直、この業界に入る時に何も知らないで入ったから。
いざ入ってからキツイなーと感じながらも、やばいレベルで大変な業界なんだってことに気づくまでに3年ぐらいかかってるんで。
だから、今の時代に僕がもう一回行けるか?って考えたら「できないかな」って思っちゃう。しんどいって分かってるんで。
Mikio:
無知って大事だな。
このジェットコースターに乗ったらとんでもなく怖いし下手したら死ぬかもしれないって知ってて乗るのと、乗ったら怖かったんじゃ全然違いますもんね。
サンゼ:
「ホワイト企業に入ってたら、こんな目には合ってなかったんだー」とか思ったら、たぶんもう耐えられないですよね。
フリーランスを続けるコツ

--フリーランスになって、何年目になるんですか。
Mikio:
8か9すかね、まもなく10年。
---長く続けていかれるコツや、お仕事する上で気を付けていることなどを教えていただけますか。

Mikio:
僕は20歳で現場に行きまして、当時は年上しかいなかったんですよね。だからいつも俺が一番若いと思って働いてたんすよ。
それが今、気が付くと結構そうじゃなくなってきている。やっぱり僕より若い人がたくさんいるんで、誰からでも接しやすい人間でいなきゃなっていうのは意識します。声かけやすくて相談できるような。
---さすがです…!
サンゼ:
現場の方のタイプって結構分かれますよね…。
優しい感じの丸くなってるんだなっていう人もいるし、わりとこうバキバキのトンマナの人もいたりする。
Mikio:
僕らの仕事って「あとはあいつに任せておけばいい」っていうことじゃなくて、どっちかというとコミュニケーションを取りながら進めていくものになるので、相談されやすい人間でいたほうがいいというのは間違いないと思ってます。そうじゃないと僕に情報が入ってこないんですよね。
サンゼ:
わかるわかる~。「監督が、ここちょっと気になってたって言ってました~」とかね。
Mikio:
そうなんですよ。周りの人が発言しやすい空気を作らないと損する。
それができないと結局、自分の学びも止まっちゃいますからね。
現場での作業感を生配信

---Mikioさんといえば、ECHO内でお仕事の様子を何度か配信いただいてますよね。
Mikio:
仲のいい監督さんがいて、いつも一緒に広告の仕事をしているんですけど、自主制作的な編集をやる機会があって、ほぼアニメーションみたいな映像だったので作業している様子を配信しても問題ないし、面白いかなって。
最初、いつもやってる僕の友達のイラストレーターさんと監督と僕の3人でやろうとしてたんですけど、そのイラストレーターさんが結構忙しくなってしまって…。
それでほかのイラストレーターを考えたときに、ECHOにすごい人いるじゃん!と、スミマミさんにお声がけして、監督に紹介をしたところ、ECHOに興味を持たれて。
サンゼ:
なんとありがたい。
Mikio:
で、勉強したい方もいっぱいいるんですよと話が盛り上がって、じゃあ何かみんなでやってみようって感じになったんです。
サンゼ:
素晴らしいね。うん。
Mikio:
それがね。すごい監督も僕も楽しかったんですよ。
普段もスタッフの方や、プロデューサーや制作の方とお仕事しているわけなんですけど、クライアントワークということもあってね、どうしても「映像作る」っていう根源的な楽しさはより、「この映像に何か問題はないか?」っていう減点方式での会話が多かったりするんですよ。
だから、色んな思いを込めて作ったものに対しても「いいね」とは言ってくれるものの、じゃあそれが具体的に「どう良い」のかっていう話にはならなくて「問題ない」という視点での話になりがちなんです。確かに仕事だと時間も限られた中で要求されたものをつくる状況なので無駄なことをしている場合ではないんですけどね。
でもECHOのみんなは純粋に映像作りを楽しんでるから、「問題ない」という視点ではなくて「楽しい」っていう視点で話をするんですね。色んなアイデアとか、僕らが思いもよらないような手法だったりとかね、そういったガヤを聞くだけでなんか前向きに作業ができたんですよ。
いや、本当にみんなノリがいい性格がいい。真面目誠実映像が好きっていう最高のメンバーがね。ゲームも好きだし、楽しくやらせてもらってます。サンゼさんのおかげで。
サンゼ:
ありがとう。
---Mikioさんとしては最初の目論見通りなわけですね。
Mikio:
そうっすね。結果的に何か一緒にやりたいと思う人がたくさんいて、いや最高のコミュニティですね。
(インタビューと写真:ニワノトリコ)

Mikio エディター、モーション、カラリスト
CMを中心に活躍しているエディター。近年は枠を越えてカラリストとしても活躍中。高い構成力と演技力を兼ね備え、恒例のハッカソン大会では自身を素材とした映像作品で他者の追随を許さない地位を確立している。映像仲間、ゲーム仲間を求め、2020年のECHO設立時に加入。最近はデスク環境を色々なガジェットでカスタムするのにハマっている。好きな食べ物はカレーライス。